親の命日は特別な日なのでどう過ごすのかが大事

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こんばんは草川満です。

もうすぐ両親の命日が来ると言っても過言ではありませんが本当にこの特別な日を大切にしなければいけないと思いここに記録しています。

親の命日は特別な日ですのであなたもどう過ごすのかということを大切にしてこの記事を読んでください。

親の命日は年に一度しかやってこない

親が亡くなった日を祥月命日と言いますがそれから私自身はもう3年が経過しているので3回忌が終わってどちらかというとホッとしていますが色々とありました。

3年前は本当に馬車馬のように働いたと言ってもいいぐらい色々と動きました。

もう本当にこの年のことは全然忘れたくもありませんし自分の中でもどん底に落ちた経験として一生忘れないことでしょう。

この年ほど本当に親をなくすという貴重な経験をしましたし自分の親が亡くなってもう3年が経過すれば自分もある程度は自立していますしどうすればいいのかということも分かってきたんです。

人生に正解を求めると苦しいですがこのことについては後ほど書くとして親の命日というのは年に1回しかやってこないです。

人には誕生日があるように亡くなった日には必ず命日というのがあると言っても過言ではありません。

その時に誰かがその命日に供養をしてくれるのかどうかという風に考えた時に今は本当に家族が分断されるような時代かもしれませんが私の時はどうなんでしょう。

本当に分からない時代だからこそ親の命日というのはとても大切にしていかなければいけないというような時代に来ていると思いますね。

どんな事があってもお墓参りをするのが常識

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どんなことがあってもお墓参りをするというのは大切なことであり私は月に1回はお墓参りをしているので月命日のお墓参りは欠かせません。

月命日の墓参りはもちろんのことながら本命日のお墓参りをするというのはやはり重要です。

先ほども話したように本命日のお墓参りというのは年に1回しかやってこないので年に1回しかやらなければいけないのかというとそういうわけではないです。

やはりちゃんと自分の親のお墓参りぐらいはやるのが普通であり私自身もどちらかというと近くにお墓があるのにお墓参りをしないというのは少し常識外れではないかと思うんですね。

特別の時間を大切にするというのはもちろん重要ですし自分の親が亡くなったという事実から逃れようとするよりも新しいスタートを切るということで私もこうやって自分のやるべきことをやっているんです。

どんなことがあってもお墓参りだけはちゃんとやって自分のお墓を守っていかなければならないということはあるでしょう。

もちろん周りから理解されようなんて思っていませんし自分のやるべきことさえやっていればあなたのことを助けてくれる人が現れるはずです。

もちろんのことながら私も全員に理解されることなんてほとんどないので孤独ですけどね。

令和の時代は法事を行なう人が少ないかもしれない

田舎では檀家制度がまだ取られていると言っても過言ではありませんが私も檀家を経験しているので法事を行うかどうかというのはもちろん喪主が決めないといけないです。

ただ今の段階では人が集まるというよりも今の時代はほとんどが法事なんてほとんどやらないでしょうしもう時代が変わっているんです。

別にそこまでやらなければいけないというルールはないと思うんですね。

だったら私自身もそこまで関わる必要もない人たちにわざわざ気を使って関わらなければいけないのかと言うとそんなわけじゃありません。

自分がやらなければいけないことに時間を割いた方がまだメリットがあると言ってもいいのでそっちの方がいいと思うんです。

何も自分の親のお墓参りは一人でやってもいいですしそっちの方がまだ自分との対話ができるということでありがたいかもしれません。

ですので個人的には1人でお墓参りをする方が誰にも気を使う必要もないですし平日にお墓参りをほとんどすることが多いので別に何のメリットもないと言えばないですけどね。

もう3年かと思うと自分自身も何となく思う

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自分の親が亡くなってからもう3年が経過しますが本当に3年という時間の流れは早いと言っても過言ではありません。

3年前は本当に色々と絶望に打ち負かされたようなことがありましたがもうそんなことは一切なく今は自分の道に進んでいると言ってもいいぐらいです。

自分の道を進むということが今は自分の唯一の希望でありその希望が絶たれたら意味がないと言ってもいいぐらいです。

親が亡くなって兄弟だけがもう自立しなければいけないというような時代に自分だけが何もできない非力感があっても意味がないですから当然のことながら自分のできることをやっていくということでもう誰にも振り回されない人生を歩みたいです。

親に依存していた部分があったのかもしれませんがその親もいなくなりもう自分自身が頼りだという風に思って自立しなければいけないのは間違いないです。

そうして自分自身が自立していけば必ずと言っていいほど成功する確率は上がりますし私も自立というのはめちゃくちゃ大事だと思っています。

ですので本当にもう3年が経過すればある程度グリーフケアなどを受ける必要もなくなってきましたしやはりお墓参りをやっていればだんだんと悲嘆もなくなってくるのではないかと思いました。

親との別れは辛いけど、これからの人生は自分がリスタートを切らないといけない

何度もお話しするように親との別れというのはむちゃくちゃ辛いと言ってもいいですし看取りをした人間だからこそ自分自身の人生というのはこれから自分で決断していかなければならないです。

もう誰かが助けてくれるなんてありません。

これからは自分の決断一つ一つが人生を左右すると言ってもいいぐらいです。

私はそのようにして生きていこうという風に決めたぐらいですし親の本命日というのは本当に大切にしていかなければいけないなという風に思いました。

親との別れは本当につらかったと言ってもいいぐらいあの日はもう何もかもが受け入れられない状態でしたしそんな1年で次から次へと不幸が本当に舞い降りだと言ってもいい年でした。

2022年は本当に忘れられない年だったと言っても過言ではありません。

だからこそ今自分自身が成長していかなければいけないのは当然のことではないかという風に思うんですね。

人生に正解を探すことが苦痛である

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人生に正解を求めようとすると本当に苦しいことばかりが多いので私自身も今のような世の中に正解を求めるということはやめました。

何が正解なのかというよりも自分は正解だという風に思うことは正解だという風に解釈すればいいというわけなんです。

周りの意見に流されすぎて本当に今までやってきたことを不意にしてしまったというようなことはもったいないなという風に思ったわけですが大事なことは周りの意見よりあなたの意見です。

自分軸で生きている以上はあなた自身が主人公ですからあなたがコントロールできるのあなただけなんです。

他人をコントロールしている段階でその人は不幸になっているだけに過ぎないんです。

なぜならばみんな他人をコントロールしようとしている段階で自分が不幸だという風に気づいていないのではないかという風に私は思うのです。

悲しい話ですよ。

普通に気づければ人生に正解を求めるから自分が苦しくなっているのになぜこんなことに気づけないのかというと情けないです。

自分に正解を求めるのではなく私自身は自分の可能性をもっと信じていこうという風に思い色々とやっているにすぎないですからね。

まとめ

親の命日というのは本当に1年に1回しかやってこないというぐらいですので私はその命日を大切にしていこうと決めました。

もちろんのことながらご先祖様やあなた自身の亡き両親に感謝するというのはとても重要なことでありそれは人生を左右することになるかもしれません。

そういった人生最大のターニングポイントであなたがどういう風に生きていくのかというのが本当に重要なことは当然のことなんです。

私自身も人生で本当に何度もどん底に落ちて何度も失敗してきましたが本当にこういう経験があるかないかでどれだけ人生が左右されることでしょうか。

あなたも是非親の命日というのは大切にしていただきたいと思います。

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